スペシャルインタビュー【前編】|渡辺正行(タレント)が語る剣道の魅力

インタビュー
インタビュー=寺岡智之

渡辺正行(わたなべ・まさゆき)
昭和31年千葉県生まれ。明治大学在学中、劇団テアトル・エコーに入所し、ラサール石井と小宮孝泰とともにコントグループ「コント赤信号」を結成した。昭和55年に「花王名人劇場」でデビュー。人気テレビ番組「オレたちひょうきん族」への出演や、コーラ一気飲みのネタなどで人気を博す。バラエティ番組の司会としても才能を発揮し、数多くの人気番組に出演。また、若手お笑い芸人の育成にも尽力し、自らが主宰する「ラ・ママ新人コント大会」からは、ウッチャンナンチャンや爆笑問題、バナナマンなど有名芸人を多数輩出している。番組の出演をきっかけとして、高校時代まで続けていた剣道を再開。還暦となった平成28年に五段昇段を果たした。愛称は「リーダー」

「この年齢になってこういう喜びがあるんだなと感じました」

数多くの人気テレビ番組に出演し、長年に渡って精力的なタレント活動を続けている渡辺正行さん。中高6年間にわたって剣道に励み、55歳でテレビ番組をきっかけに再開すると、その魅力にとりつかれて一昨年に五段を取得するまでに至りました。「剣道のおかげで人生が膨らんだ」と語る渡辺さん。再開組だからこそ感じる剣道の魅力について、存分に語っていただきました。

■剣道とともに歩んだ中高6年間

──渡辺さんが剣道に出会ったいきさつから教えてください。

剣道は中学生のときに剣道部の先輩に誘われてはじめました。最初は『巨人の星』の影響で野球部に入部したのですが、ボールも触らせてもらえず毎日ウサギ跳び。こりゃダメだと思ってすぐ辞めちゃいました。それでプラプラしていたところに、剣道部の先輩が「お前は身長が高いから剣道部はどうだ」って。そんな感じで剣道部に入ってみたら、なんとこっちも毎日ウサギ跳びだった(笑)。剣道部を辞めなかったのは、野球部も辞めて剣道部もすぐ辞めたとなると、なんでも辞めちゃうダメな人間になると思ったから。だから野球と剣道がもし逆の順番だったら、野球を続けていたかもしれません。でも野球部はボールを持たせてくれなかったけど、剣道部は竹刀を振らせてくれたなぁ。

──当時の渡辺さんにとって、剣道は楽しいものでしたか?

剣道部の顧問が国士舘大学を卒業して2年目の先生で、剣道部を強くしようと練習もガンガンされる方でした。楽しかったかどうかは分かりませんが、厳しい練習のおかげで強くなっているという実感はありました。

──若いころというのは、結果がついてくるとヤル気も湧いてくるものだと思います。

それはありますね。でも練習は嫌いだったんですよ。中高通じてボクの剣道に対する姿勢として一貫していたのは、〝いかに合法的に練習を休むか〟です。中学生のときはトイレに行ったり面紐や胴紐を頻繁に直したり、高校生になると知恵がついて、文化祭や体育祭の実行委員になって、会議を理由にして練習に遅れていく。そういったかたちで合法的に休む方法論を確立していました(笑)。

──中高時代はどのくらいのレベルだったのですか?

中学時代は郡で2位になって県大会に出場しました。高校時代は団体戦でウチの高校はじまって以来の県6位になり、関東大会に出場することができました。結果は1回戦負けだったのですが、関東大会に出場して感じたのは、関東レベルでこんなに強いんだから、全国にはもっと強い選手がいっぱいいるんだろうと。このときに、自分のなかではもう剣道は充分にやったという感覚になりました。

──6年間続けてきた剣道を辞めることに後悔はありませんでしたか?

全然(笑)。大学ではもっと厳しい練習が待っていると思いましたし、あと4年間、毎日剣道をするなんて考えられなかった。大学生活は楽しく過ごしたいと思っていました。

2018年11月18日に高知で行なわれた少龍旗全日本少年剣道錬成大会に、特別ゲストとして参加

■再開してみて感じることのできた剣道の魅力

──剣道を再開されたのは55歳のときと伺っていますが、30年近く離れていた剣道にふたたび向き合うことになった理由は何だったのでしょうか?

剣道自体は、番組の企画などでチョコチョコとやる機会がありました。本格的な再開は、『炎の体育会TV』の剣道対決企画がきっかけです。番組で対決があるたびに、試合に向けて10日間ほど練習をしていたのですが、徐々に剣道がおもしろくなっていきました。だったら番組に関係なく、自分で道場に通おうと思って。その番組のなかで四段を受けようという企画もいただいたのですが、よく話を聞いたら、合格しなかったら放送しないと。そこで気持ちを切り替えて、番組のためじゃなく自分のために段位審査に取り組んでいくんだと考え方を切り替えました。これまでは番組が稽古場所や相手を用意してくれていたのですが、自分でスケジュールの空いているときに道場や高校で稽古できる場所を探して。そんな流れで積極的に剣道に向き合っていくようになりました。