鍋山隆弘(なべやま・たかひろ)
昭和44年福岡県生まれ、教士八段。
今宿少年剣道部で剣道をはじめ、PL学園高校から筑波大学へと進学する。インターハイ個人団体優勝、全日本学生優勝大会優勝などつねに世代のトップに立ち、大学卒業後は同大大学院を経て教員の道へ。現在、筑波大学剣道部の男子監督を務めている。筑波大学体育系准教授
大学でさらに成長していくためには
■まず筑波大学剣道部の特色や良さから教えてください。
一番大きな特色としては、前身である東京教育大からの伝統が脈々と受け継がれていることがあげられると思います。
〝正しい剣道〟を指導するための地盤が伝統によってしっかりと固められているのではないでしょうか。私自身も大学在学中に、基本に忠実な正しい剣道を学ばせていただきました。
今は監督として、筑波大学が連綿とつないできた正しい剣道を後輩たちへ伝えていく役目があると感じています。
また、剣道だけでなく学問をおろそかにしないところも、筑波大学の良い部分だと思います。きちんと授業を受けて単位は落とさない、そういった気質を持った学生が多くいます。
それに、剣道部は推薦生と一般生が分け隔てなく稽古をしています。高校時代に剣道で全国トップクラスの成績を残してきた学生と、学力で難易度の高い一般入試を突破してきた学生という、ある意味では両極端なタイプの学生たちが、ひとつの目標に向かって稽古を行なっていることも筑波大の良さのひとつだと感じています。
■鍋山監督が指導のベースとして考えていることはなんですか?
私は、大学では自分から求めていく力がなければ強くなれないと思っています。
私たち指導者が直接指導できる時間は限られていますから、強くなるために、成長するために何をしなければならないのかは、自分たちで考えなくてはなりません。
稽古が足りないと感じているのならば、率先して自主練やトレーニングに取り組み、足りない部分を補って欲しいと思っています。
こういった意識改革が個々でできるようになってくると、チーム力の底上げにもつながっていくと感じています。
■意識の改革が成長をうながすということですか?
そうですね。
私が監督になってすぐのころは筑波大学剣道部の歴史のなかでも〝低迷期〟といわれる時期で、9年間、全国大会で優勝することができていませんでした。
このとき、どのようにもう一度、部を盛り立てていこうかと考えるなかで、やはり個人の意識を変えていかなければいけないと感じました。
当時も今と同じように、良いものを持っている学生はたくさんいましたが、4年で卒業することができなかったり、今やるべきことが何なのかを理解できていない学生も多かったように思います。
勉強をおろそかにするということは、やるべきことができていないということでもあります。
そういった学生は、いくら稽古を一生懸命やっていても勝負には弱い。稽古に真剣に取り組んでいるように見えても、結局はどこかで手を抜いているんだろうなと、こちらも感じてしまいます。
学問をおろそかにすることと、試合で結果が出ないことがイコールになっているなと感じました。
■低迷期を脱するためにどのようなことに取り組みましたか?
私自身が指導者として未熟だった面ももちろんあると思います。
自分が学生のころは、チームとしてのまとまりを大事にしていこうという気質だったにも関わらず、いざ監督になってみると、自分の方を向かせようとし過ぎていました。
そういったことも要因として重なって、なかなかうまくいっていなかったのかもしれません。
そんな経験もあって、あるときから、学生たちが一生懸命稽古に取り組むようになるために、何を伝えて何を感じさせれば良いのかを一番に考えるようになりました。
そのためには、まず、私自身が剣道を求めることが大切だと気づきました。学生だけでなく、自分も向上するための努力をして、その姿を生徒にも見せることが大事だと考えています。
■背中を見せることで学生に気づいてもらいたい。
もちろん、ポイントで指導はしますが、それを身につけられるか、自分のプラスにできるかは個々の意識の問題だと思っています。
やらない者に、やれるまで追い込んでいくような指導は大学では行ないません。自分が必要だと思うことをやっていく方が良い道だと思いますし、私も都度、考えさせることへの問いかけや投げかけをするようにしています。
稽古においては、学生の悪いところを打ったり、苦手としている部分を攻めるようにして、自分にとって何が不利になるのか、良くないのかを自分で気づくことができるように仕向けています。
そこが分からなければ、長年培ってきた剣道を変えることはなかなかできないと思います。
手元をあげるなと言われても、手元をあげることが有利だと感じていれば、本気で改善に取り組むことはないでしょう。
なぜあげてはいけないのか、手元をあげるよりも、足でさばいたほうが実際は有利なんだということを身をもって分からないと、次にはつながらないと思います。
稽古を通して、なぜそれが良いのか、悪いのかというところまで考えを発展させて欲しいので、私も指導の方法についてはつねに考えるようにしています。
また、稽古では打たれたときよりも、学生の攻めによって私が崩されてしまったときにこそ、最大限の評価を与えるようにしています。
自分が思ってもいないところで無意識に竹刀を開いてしまうような状況をつくられたときには、「良い攻めになってきたな」という話をします。
そうすると、学生も先生を打つだけではダメなんだ、崩すことが大切なんだということが分かりはじめます。
どう打つかではなく、どう崩そうかという考えに変わっていくんですね。
この「攻め」こそ剣道の本質であり、大学時代に気づいて欲しい部分でもあります。
■技術的な指導はあまりされないのですか?
たとえば、手元をあげないとか、引いたときでも左足をつくるといった、剣道において本質的に大事な部分はしっかりと伝えています。
ですが、技の駆け引きなどは、人それぞれ持っているものが違います。
私が持っているものと学生が持っているものも違うでしょうし、そこは、自分が剣道を求めていくなかで磨いていくしかないと思います。
■よく高校時代のスタイルでは大学では通用しないと言われます。やはり大学の4年間で剣道を変えていかなければならないのでしょうか?
いえ、必ずしもそうではありません。
学生それぞれの良い部分は変える必要はありませんし、そのまま伸ばしていけば良いと思います。
ただ、それまでやってきたことが大学剣道では通用しないと感じたときは、私たち指導者の目から見ても分かりますから、「改善していったほうがいいよね」というアドバイスはします。
「先生に言われたからしょうがなくやっている」と、言い訳をしながら取り組んでも、良い結果が出ることはありません。
■自分で求めて取り組むことが一番大切。
大学では、剣道が強くなることももちろんですが、やはり人間的な成長を目指すことが一番大事だと考えています。
とくに筑波大で剣道を学んでいる学生たちは、卒業後の進路に剣道の指導者や教員を選択する者も多いため、自分で求めるという意識を学生のうちから身につけて欲しいと思っています。
■意識を変えるのはなかなか簡単ではないように感じます。
変えられないというよりも、一生懸命やっている〝つもり〟になっていることが多いと思います。
「一生懸命やっているのにまわりは分かってくれない」と思い込んでしまうと、まわりからの意見を素直に聞くことができなくなるものです。
私もPL学園高校時代に、川上岑志先生から「一生懸命とは、人が認めてはじめて一生懸命なんだ」というレベルの高いお言葉をいただいて、それを身をもって経験してきました。
■大学で伸びていくためには「一生懸命さ」が必要になる。
それは間違いないと思います。日本一を目指すのであれば「一生懸命やる」ことは当然のことでしょう。
だからこそ、私は一生懸命を認めるレベルもとくに厳しくしています。日本の大学のなかで1チームしか到達できない、日本で一人しかなることのできない場所を目指すために「普通」では足りません。
もっと言えば、一生懸命やっている子にしか難しい指導はできません。
技術の伝達はすごく難しいことだと思います。簡単なことであれば誰にでも教えられますが、レベルが高くなれば高くなるほど、聞く側のスタンスが重要になります。
教えられる側にも「なんとか身につけてやろう」という情熱を持ってもらわなければ、難しいことは伝えられません。
一生懸命やっている学生は目の色も変わってきますし、こちらも熱意を感じます。
そんなときにこそ「今これを身につけたらすごく伸びると思うよ」と指導できるのです。
良い例を出すと、世界大会の日本代表にも選ばれた林田匡平くんは、この道場で本当に「一生懸命」稽古をしていました。
まさか、学生選手権を獲るぐらいまで実力を伸ばすとは思っていませんでしたが、強くなるだろうという確信はありました。
入学当初は同級生の竹ノ内佑也くんや、山下和真くんといった高校時代に輝かしい実績を残していた選手と実力的にかなり開きがありましたから、彼らに追いつきたい一心で毎日努力を重ねた結果だと思います。