世界中から最高の材料を集めて日本で作る
昭和28年に創業し多くの剣士に剣道防具を提供してきた(株)ミツボシは、岩手県久慈市に工場を持ち国内で剣道具をつくっていることで知られている。
そのミツボシを代表する剣道防具である「峰」が発売されてから25周年を迎えたのを機に、新しいスタイルの防具として作られたのが『峰 謹製』という商品だ。
30年以上ミツボシで企画・販売などに携わっている関正二さん(株式会社ミツボシ経営企画室室長)に『峰 謹製』の何が新しいのか、そしてその商品開発に込めた思いを聞いた。
■新開発された面布団
「今までのものとは使っている布団の芯の材質がまったく違うんです。中の仕込みの芯を六層にし、それに加えて従来のものより少し軽量化し、より実戦的に作ったものがこの『峰 謹製』という商品です。しかし軽いからといって耐久性が悪いというようなことはまったくありません」
と関さんは言う。
新しく開発された布団は「六重層仕込」と呼ばれる。
その芯材に使われているフェルトは、関さんと職人がタッグを組んで日本製のものと海外製のものを徹底的に集めて検証し、選別したものだという。
これまでは国内でつくる防具は国内の材料でという固定観念があったが、「極上の素材があれば国内外製を問わず採用して、国内で最高の剣道防具をつくる」という発想で開発されたのが『峰 謹製』なのである。
「世界にも目を向けて材料を集め、ミシンをかけて仕上げて具合を見る、という作業を何十回も繰り返して生まれたものです。そこまでやらないと結果が出ないものですから。岩手の工場で40年以上この仕事をしている職人さんたちと一緒に、最良のものを作ろうと研究しました」
芯材のフェルトは一枚一枚「手そぎ」する。
芯材は裾に近くなればなるほど薄くなっていかなければならない。ただ芯を重ねただけだと段差ができてしまうので、手作業でそいで薄くしていくのだ。非常に手間のかかる作業によって『峰 謹製』の布団は生まれている。
「とくに『峰 謹製』は見えない部分に手間をかけているので、あまり見た目で評価されてもわかりにくいんです」
と関さん。
■進化した糸
刺しは6ミリのピッチ刺しである。
ピッチ刺しは糸足が長いため、固すぎず軟らかすぎず、従来の手刺しの高級品に近いコシが出るのが特徴だという。
ピッチ刺し自体は25年前からずっと行なっているが、当初に比べとくに進化したのが糸だ。
「つくり始めた当初は綿100%の糸を使っていましたが、どうしても糸が弱くて飛んでしまっていました。面上部の打突部位は、打たれると熱を持って非常に高温になります。それに汗をかくことで出た塩分で糸はすごく痛みます。そのために今は温度差にも耐えられる化繊の最高の糸を使っています。車のシートを縫うのにも使われている、強度が高く温度差にも対応できる糸です」
■甲手の型にもこだわる
芯のほかにも新しくした部分はある。甲手の型もその一つだ。
「甲手の場合はとくに、その型を起こすということが非常に難しいことなのです。これはなかなか言葉で説明するのが難しいのですが、従来のものより無駄なく握りやすい、ストレスがなく自然にすぐ使えるというもので、かなりご好評をいただいています」
手の内にはミクロパンチが使われている。小さな穴がいくつも空いた合成皮革である。
少し保湿感があり、握りやすく、汗に強くて耐久性が高いのが特長だ。
従来手の内にはいぶした鹿革が使われてきた。しかし革の場合は耐久性がどうしても落ちるし、最近は革の質が落ちてすぐに滑りやすくなってしまうことも多いそうだ。
「ミクロパンチを採用してもう15年ぐらいになると思います。当初はこんなものが道具に使えるわけないと思っていたのが、今は8割がこれになりました。(胴の胸の部分に使う)黒桟革もそうですが、日本ではいい革がどんどんできなくなっているということもあります」
■軽さにはあまりこだわって欲しくない
さて、近年の傾向として、多くの剣士が軽い防具を求めるようになり、市場には軽い防具が増えた。
その需要に応じて『峰 謹製』も「少し」軽量化をはかっている。この「少し」というところがポイントである。関さんは軽すぎる防具についてこんなふうに警鐘を鳴らす。
「ここ10年ぐらい軽い道具がかなり普及しました。しかし、あまりにも軽すぎる道具は故障の原因になることがあります。飾りの上から打たれるとちょうど骨がありますので、そこに当たって痛いですし、垂れ、帯が薄いので腰痛が起きます。また、頭も打たれてコブができたりとか、ひどい人は脳天がうっ血します。あるいは面紐をしばることで紐が入りすぎて頭がうっ血します。よく頭が痛いという子がいるのですが、それは紐が原因です」
■そして、軽ければ当然劣化するのも早い。
「プロに近いような全日本選手権を目指すような人たち、ある程度短期間で消耗していいという人たちは、それでもいいと思います。でも根本的には、そんなに軽さにはこだわってもらいたくないと私は思っています。使い分けていただければいいのですが、ほとんどの方は一つの道具でされるので、そういう道具は3年持つところが1年で終わってしまう。だから日割りで考えると高い買い物になるんです」
かつての伝統的な手刺しの防具は現在の防具に比べて格段に重かった。
その分なじむのにも時間がかかったが、耐久性も高く、それこそ修理しながら一生使い続けることができる防具もあった。
関さんがこの仕事を始めた昭和後期と現在を比べると、確かに軽くてなじみやすく、使い勝手がいい商品が増えた。しかし当然消耗は早くなったという。
「昔の手刺しの道具などはものすごく重いです。その代わり今の防具の3倍4倍持ちます。30~40年前は、手刺しの道具は修繕して使えば一生使えると言われていました」
また、戦後は全国的にそういう傾向がどんどん薄れていったが、かつては荒稽古で知られる道場も多かった。
足がらみで相手を引っくり返し、上に乗って面を取ってしまうような稽古である。昔の防具はそういう稽古に耐える必要もあった。
ミツボシの防具を愛用する剣士には、ただ軽さだけを求める人はもともと少ないそうだ。『峰 謹製』も軽さだけを追求した防具ではないのである。
「軽くすればするほど劣化しやすくなるのは当然のことです。が、そうならないように、優れた材料を世界から集め、仕込みを工夫して完成させたのがこの『峰 謹製』なのです」
■見た目も大切。美しく身に着けて欲しい
防具にとって大切な要素が、ここまで述べてきたほかに、もう一つあると関さんが言う。
「道具にとって大切なのは安全性、耐久性、使い勝手に加え、見た目の良さもあります。剣道では着装も大切ですから、より美しく剣道防具を着けこなしていただきたいという思いがあります」
小学生や中学生であってもある程度試合に出るような子には、稽古用と試合用と二種類の防具を持ってもらうように関さんは話すという。
前述のように試合ではある程度軽い実戦的なものを、普段の稽古では衝撃吸収にすぐれた耐久性の高いものを、という意味での使い分けもあるだろうが、それに加えて見た目のこともある。
「昇段審査ではもちろん着装を見られますし、試合でも着装は大事です。稽古着は色があせすぎておらず、ある程度使ったいい色の状態で、道具もボロボロで塩のふいたようなものではない、きちんとしたもので臨まないと審判の先生方にも失礼です。ある程度やっている子はそのへんのことも分かっていて、カッコよくないといけないと思っていますね。私にもより美しく剣道防具を着けこなしていただきたいという思いがあります」
■時代の流れで変わったこと
美しい着装ということにも関連して、昔と今で変わったことがもう一つあるという。採寸である。
「少年剣道ブーム」と言われた頃は、最高級の手刺し防具などを注文する場合を除き、極端に言えばサイズなど測らずに売っていた。「物があれば売れた時代」だったそうだ。
今はどんな商品であっても、顔、手、ウェスト、物見の位置などをきちんと計測して注文を取る。ミツボシをはじめとしてそういう店が多くなった。
「注文を取る我々が、どういうサイジングによってその人に適した道具を提供できるかというところが難しいところなんです。『峰 謹製』より廉価なものも含め、どんな商品でも承るものは最善の努力で承ります。たとえば物見の位置が合っていないと、正しい姿勢で構えられないということで指導者が使わせてくれないという大学もあります。我々はお客様に迷惑をかけられませんから、ものすごく神経を使います」
かつては職人に任せて防具をつくるということが多かった。
その場合職人のカラーが強すぎて、その職人のいいなりの防具になってしまうこともあった。
関さん自身が職人ではないということもあり、「お客様の声をまず聞いて、どういうことを望まれているかというところから入っていく」という。
濃い味が好きな人も薄味が好きな人もいる。買う人の話の中で何を求めているかを把握しながらアドバイスして、その人が納得した上で注文してもらうことを心掛けているそうだ。
■一番大事なことは何か
中学生から大人の高段者まで、試合や審査用の防具として求めることが多いという『峰 謹製』。それは軽量化された実戦的な防具ではあるのだが、ただそれだけを追求した商品ではなかった。関さんのこんな言
葉がつくり手の思いを端的に表わしている。
「一番大事なことは何かというと、より正しい剣道をしてもらうことです。スポーツ的に競技で勝つことばかりにとらわれがちですが、勝つことは結果であり、より正しい剣道をしたことが結果につながるものです。だからこれは勝つための道具ではないのです」
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