【大学剣道がつなぐ剣士の未来②】高校時代の感覚のまま稽古をしていれば、すぐに力は落ちる|筑波大学 鍋山隆弘(下)

高校時代に名を成した選手がさらなる成長を遂げ、無名であった選手も一発逆転を狙える4年間、それが大学剣道である。昨今大学剣道界から多くのヒーロー、ヒロインが生まれているが、その要因はどこにあるのか。いったい大学剣道になにが起こっているのか。それぞれの大学の指導者に大学剣道の今と未来を聞く。
インタビュー
文・構成=岩元綾乃

鍋山隆弘(なべやま・たかひろ)

昭和44年福岡県生まれ、教士八段。

今宿少年剣道部で剣道をはじめ、PL学園高校から筑波大学へと進学する。インターハイ個人団体優勝、全日本学生優勝大会優勝などつねに世代のトップに立ち、大学卒業後は同大大学院を経て教員の道へ。現在、筑波大学剣道部の男子監督を務めている。筑波大学体育系准教授

連綿と受け継がれる基本重視の稽古

■筑波大学で行なわれている稽古の内容を教えてください。

素振り、切り返し、基本打ち、掛かり稽古、地稽古といった、剣道の基本的な動作を確実に身につけるための稽古が中心です。

稽古のなかでは、力強い打突を求めていくように指導しています。

稽古内容自体は、私が筑波大学に在籍していた当時とあまり変わっていません。

■技の研究など実戦を想定した稽古はしていないのでしょうか?

毎日の稽古は2時間ほどですので、技の研究をする時間まではとることができないのが実情です。

技の工夫や研究は相手が一人いればできることだと思いますので、本人が必要だと感じているのであれば、全体の稽古以外の時間で自主的に行なえば良いのではないかと思います。

実力主義ですから、そうやって稽古を積み重ねて実力を伸ばしていった人間がレギュラーを勝ち取ることができる。すべては自分次第ということです。

■筑波大学では、つねに自主性が重んじられているのですね。

ここ数年は、私たちが「やりなさい」と言わなくても、稽古が足りないと思った学生は自主的に道場に集まって稽古に励むというスタイルが確立されてきました。

とくに、星子選手を中心とした今の2年生からは、そういったストイックさを感じます。大学生ですから剣道以外に楽しみを見出す者も多いですが、彼らにとっては楽しみが剣道であり、やるべきことも剣道、という感覚なのかもしれません。

実力もどんどん伸びてきています。上級生も「負けてたまるか」という気持ちになってくれれば、良い相乗効果が生まれると思っています。

やはり、時間を掛けて繰り返すという作業はとても大事なんですよね。

100本打って2~3本はずしている者は、1000本打ったら10本、20本はずすことになります。

これでは日本一までたどりつけません。

打ち損じをなくすためにはひたすらくり返すしかないんです。

稽古を重ねて、1000本打ったら1000本決められる技を身につけておくことが、本番での一本につながってくると思います。

だからこそ、時間の限られた大学では自主的な稽古が必須になるのです。

■そこまでやらなければ、今の大学剣道界で結果を残すことはできないということでしょうか?

いくら高校時代に優秀な成績を残した選手でも、1、2年生のときから稽古を一生懸命やらなければ、学年が上がるにつれて、どんどんまわりとの差が出てくると思います。

年齢とともに一番落ちていくのは、身体の「出」です。

中間ではある程度戦えても、身体のキレが落ちるので「出」が悪くなるんです。

3年、4年になって伸び悩むのは、1、2年生のときにそこまで考えて稽古をしてこなかったからだと思います。

ですが、それができない子に「やりなさい」と言っても、気持ちが変わらなければ、私が見ているときだけ頑張って、見ていないときはもっと頑張らなくなることがあります。

「なぜこれを毎日できない? 毎日やれば強くなるのに」と指導されたときに、それをどう受け取って次につなげていくかは、本人の気持ちによるところが大きいですね。

■個々で自らを追い込んでいくのは大変なことですね。

まだ20歳前後の人間ですから、人間としては発展途上です。

そこに甘さがでてくるのは仕方のないことでしょう。

ですが、意識を変えることができれば必ず伸びるのも大学剣道です。

高校時代は稽古できる時間も多かったでしょうし、そこで多少、気を抜いたとしても、ある程度の結果を残すことができたかもしれません。

しかし大学では、2時間の稽古で気を抜くとどうなるかを気づかなければならないわけです。

高校時代の感覚のままで稽古を続けていては、物理的な稽古時間が少ない分すぐに力は落ちてしまいます。

よく学生に「打たれないようにしようとか、負けたらダメだとか、おどおどしながら試合をやっても、自分の良いところはでない」と言うのですが、相手と対峙したときに自信となって後押ししてくれるものは稽古量しかないんです。

どれだけ剣道と向き合ってきたかが「構え」に現われます。これは、私自身も感じていることです。

筑波大学の稽古内容はオーソドックスな内容の2時間のみ。どういう意識で取り組むかで変わってくる

■全国に強豪と言われるライバル校が多くありますが、そこから一つ抜きん出るために大事なことはなんだと考えていますか?

与えられた時間のなかで、どれだけ効率良く稽古ができるかを選手たちそれぞれが考えることです。

稽古は2時間よりも6時間やるほうが絶対的に力はつきます。

でもそれはできないわけですから、2時間の稽古とそれ以外の時間でどうやってその差を補っていくかを考えて欲しいと思います。

社会人でも、うまく時間を使える人は仕事の効率も良いですし、成果もしっかりとあげます。

剣道も一緒です。

「頑張っているんだ!」 と自分で誇っているうちは、実力も伸びてこないと思います。

■レギュラー選考にも、一生懸命さであったりとか、人間的な成長といった部分は加味されるのでしょうか?

もちろん実力で順番はつけますが、競ったときには、ミスの少ない子を選ぶようにしています。

ミスをしない子ほど稽古を一生懸命していますし、ミスがある子は、生活なり、考え方なり、どこかに問題があることが多いと思います。

そこを自分自身で気づいて、改善するためにどうすべきか考えて欲しいですね。

私が選ぶのではなくて、選ばせるぐらいの気持ちで日々の稽古に臨んで欲しいと思っています。

筑波大学が目指すものとは

■筑波大学が目標としていることを教えてください。

全国大会で優勝することも一つですが、筑波大は東京高等師範学校、東京教育大の流れをくんでいますから、やはり指導者としての力量を身につけて欲しいと思っています。

指導者の立場になって、どうやって教育しようか、指導をしていこうかと考えたときに、学生時代に学んできたことを振り返り、それを活かしてもらいたいと思います。

窮地に追い込まれたときや、失敗をしてしまったときなど、何をやらなければいけないのか悩んだときには、筑波大で学んだ教えが助けになってくれるのではないでしょうか。

指導力を身につけられたかどうかは、大学を卒業して社会に出てから実感できることだと思うのですが、赴任先で教員として剣道を指導して、いずれ彼らの教え子が筑波大へ入学してくれるようになることが理想です。

中学や高校の剣道部のレベルをあげていくのは、力のある指導者がいればこそだと思いますし、剣道の技術が長けている者が顧問やコーチとして在籍していれば、生徒への良い刺激にもなるでしょう。

もちろん、学生自身が警察へ進んで勝負したいというのであれば、それは応援したいと思っています。

■教員勢の活躍も、筑波大が大きな役割を担うことになると思います。

教員でも日本一を目指すことは可能です。

警察官に比べれば、全日本選手権であったり、日本代表として世界で戦うための選手としての寿命はどうしても短くなってしまうと思いますが、しっかりと計画性をもって取り組めば勝負はできるはずです。

かつては、教員の先生方が全日本選手権で日本一を獲るような時代がありました。

その活躍を私も見てきましたし、教員だからこそできることを考えていけば、充分に戦えると思います。

教員が日本一を獲るような新たな時代を、筑波大の卒業生がつくっていって欲しいと思います。

自らもこの道場で学び、教員として全日本選手権ベスト8の実績を持つ

【大学剣道がつなぐ剣士の未来①】学問をおろそかにしていては剣道も結果が出ない|筑波大学 鍋山隆弘(上)

2018.10.05