二本、三本と打ち続けるために必要な足さばきの稽古法
兵庫県加古川市の印南剣道場は昭和55年に創立された。
阿部春治館長は姫路地方の剣道復活の中心となった長野充孝範士九段の子である長野大範士八段に師事して剣道を学ぶ。
昭和48年に少年指導を始め、昭和54年には西神吉少年剣道教室を開設した。しかしいずれも小学校の施設を借りての活動だったため、学校行事で稽古が中止になることも少なくなかった。
そこで阿部館長は「いつでもどこでも誰とでも仲良く楽しく剣道ができる環境」を求め、新たに土地を求めて自宅に併設して道場を建てた。
それが印南剣道場である。現在も阿部館長のもとで活動を続けている。
印南剣道場は今では少なくなった古き良き町道場の佇まいを残している。
決して子どもの数が多い大都市ではなく、小さな地方都市の郊外の農村地帯にある道場ながら、35名という多くの少年剣士が所属している。
また館長の長男である阿部始郎副館長は指導する加古川中学校を全国中学校大会準優勝に導くなどの実績を持ち、道場の指導にも携わっている。
その道場で週3回行なわれる稽古は、とても熱い。そして内容的にも非常に工夫が凝らされ、細かく考え抜かれたものだった。
館長の次男である阿部盛治副館長がとくに力を入れているのが、足さばきの稽古である。
「指導していく中で、子どもが稽古や試合で技を一本打つとそこで終わり、ということが非常に多いことに気づいた。一本打って決まらなければ、二本目、三本目と技をつなげていかなければ勝てないが、それができないのは足さばきが悪いから、左足の引きつけができていないからだと気づいた」
このことがきっかけで取り入れた稽古法だ。
この練習法を考えるにあたって参考にしたのは、香川大学の山神眞一教授による社会体育指導員講習会での指導や、愛媛成武館の中野善文館長の指導法であるという。
成武館の稽古にも参加して稽古の流れをビデオ撮影してきた。それらを盛治副館長がアレンジしたのがここで紹介する稽古法だ。
「足さばきはやる気とつながっていることに気づきました。やる気のない子は足さばきもダラッとするし、緊張すれば足も動きません。足がよく動けばやる気もわいてくるし実力もアップしていくと感じています」
と盛治副館長は話す。
足さばきのあと竹刀を持ってからの稽古内容も、前述の通りよく考えられた非常に特色ある中身の濃いものだったが、ここでは印南剣道場で行なわれている足さばきの稽古を中心に、盛治副館長の指導とともに紹介する。
■足踏み・ジャンプ
準備運動として最初に体幹のトレーニングを行なった後で行なうのがこれらの運動。
とにかく足を細かく早く動かすことで、敏捷性を高めるのに効果がある。以下の4種類の動きを紹介する。
(1)足踏み
(2)前後の足踏み
(3)左右の足踏み
(4)バーピージャンプ
■ラダートレーニング
あらゆるスポーツにおいてフットワークのトレーニングとして採用されているラダー(はしご)を使ったトレーニング。
敏捷性、機敏性、多くの筋肉を連携して使う能力などを高めるのに効果があると言われる。
剣道でも強豪高校など多くの団体が取り入れており、ここに紹介した以外にもさまざまな足の運び方がある。
(1)1マスに1回足を入れて進む
(2)1マスに2回足を入れて進む
(3)左右の外にも足をついてスラロームするように
(4)横向きでマスの中と外に交互に足をついて進む
■足さばきの稽古12パターン
印南剣道場のもっとも特色ある稽古がこの足さばきの練習。
全員で道場を縦に使って、剣道の動きの中で使われるさまざまな足さばきを練習する。
簡単な方法からスタートとして少しずつレベルアップしていくような構成になっているという。
(3)(4)(5)などはひき技を打つ場合などに使う足さばきであるし、(7)(8)などは左足の素早い引きつけを意識した練習である。
これらの練習を行なったことで、技が一本打ちで止まってしまうことが少なくなったという。
(9)以降の追い込み稽古は、当然竹刀を持って行なうこともできるが、正しい姿勢での動きを体でしっかり覚えるために竹刀を持たず行なっている。
竹刀を持って行なうと、まだ筋力が充分に発達していない少年剣士の場合は竹刀の重みに耐えきれず体勢を崩してしまうことが多いという。
(1)すり足で歩く
(2)送り足
(3)後ろ向きで送り足・歩み足
(4)前進→中央で振り返る→後退
(5)後退→中央で振り返る→前進
(6)横向きで移動
(7)右で踏み込み、左足一本で立つ
(8)二回踏み込み、左足一本で立つ
(9)面三本の追い込み
(10)面の連続の追い込み
(11)小手面三本の追い込み
(12)小手面の連続の追い込み
■八方向への足さばき
中段の構えを保ちながら、前、後ろ、右、左、斜め右前、斜め左後ろ、斜め左前、斜め右後ろの八方向にすり足で移動する。一歩動いたら必ず最初の位置に戻ってから次の動きを行なう。
右方向には動きやすいが左方向に動くと足がクロスしてしまったりすることもある。とくに左方向への移動に注意して必ず左足から動くことを意識づけている。
■竹刀を使っての基本稽古
各種の素振り、基本打ちなどの場面でも、つねに足さばきを意識して行なっている。
前に出て打つときは左足での蹴りと素早い引きつけ、後退する場合は右足での蹴りと素早い引きつけを意識する。
(1)ジャンプから中心の取り合い
(2)前進後退素振り
(3)前進後退しながら片手で面打ち
(4)正面打ち
(5)前進後退正面打ち
(6)跳躍正面打ち
(7)腰を落として前進素振り
(8)カエル跳び
■鬼ごっこ
一人が鬼になり、45秒の間に全員をつかまえる(タッチする)という鬼ごっこ。範囲は道場の床部分のみである。
世界選手権の強化合宿に参加した選手から、朝のトレーニングで鬼ごっこを行なっていると聞いたことがきっかけで取り入れた。
剣道に欠かせない瞬発力が鍛えられ、横へ細かく動いて逃げたりよけたりする動きを軸をぶらさずに行なうことが剣道に通じる。相手がどう動くかを読む能力も鍛えられる。