短い時間で効果をもたらす、独自の工夫を凝らした稽古の数々
平成30年に創立55周年を迎えた京都太秦少年剣道部。
平成23年には日本武道館で行なわれる全日本剣道道場連盟主催の全国道場少年剣道大会(当時は全日本少年剣道錬成大会)小学生の部で日本一に輝き、他の年にも2位、3位、中学生の部でも3位など、全国トップレベルで戦績を残している強豪道場である。
川口末一初代道場長が会を創立し、教え子である下井浩介道場長(教士七段)が引き継いで現在に至っている。
かつては少数精鋭で鍛えていたが、近年は多くの会員を集めた中から強い選手を育てるという方針に転じて、週に2回だけ稽古したい会員も、ほぼ毎日稽古したいという会員も受け入れている。
入会したら、あるいは一定期間続けると竹刀や防具をプレゼントをするという方針を取り入れるなどしたこともあって会員が増えており、現在65名という多くの小中学生会員が所属している。
そのために一般組と特練組の区別もある。一般組も参加する通常の稽古日は水曜、金曜の2回で時間も短い。特練組はそのほかに土曜、日曜に稽古を行なっている。
通常の稽古は小学校の施設を借りて行なっているが、下井道場長の自宅には小さな道場があり、もっと稽古をしたいという子どもたちは水・金・土・日の稽古日以外にそこで稽古をすることもあるという。
以下、下井道場長宅の道場で、通常行なう稽古の一部分を実演してもらった映像を紹介する。
その稽古内容はオリジナリティにあふれている。一言でいうなら、つねに実際の試合中の場面を想定してその状況で一本になる技を打つためのメニュー、と表現できるだろう。
また、どの道場でも行なっている素振りや切り返しに関しても、伝統的なやり方そのままではなく下井道場長が他の分野から学んだことなど、工夫が加えられている。
限られた時間の稽古で成果をあげている理由は、間違いなくその練習内容にあると感じられた。
■跳躍早素振り
一般的な一挙動の跳躍素振りのほかに、通常使うものより短く軽い竹刀を持ってペースを上げて跳躍素振りを行なう。
これは重いものを持って動かす筋肉と早く動かす筋肉の違いを意識させるために行なっている。
■面を着けたら手を叩く
面を着けたら立ち上がる前に、それぞれ七回手を叩いて大きな声を出す。これによって一瞬にして自分のモチベーションを高める効果がある。
■切り返し
切り返しのとき、元立ちは自分の中心に竹刀を立てて構えるが、竹刀を左右に動かして受けるのではなく、打つ側は元立ちの面に打ち込む。
直接面を打つことで、左右面を正確に打てているかどうかを確認できるのである。
■面打ち(三本連続)
時間が限られているため、つねに時間を短縮し練習の濃度を高くするために、基本の面打ちも三本連続で打つことにしている。
■小手面打ち(三本連続)
面打ち同様、小手面打ちも三本連続で行なう。
小手面を打たせるために小手を大きく空けることはせず、元立ちはまっすぐ竹刀を上げる。基本打ちの段階から実戦に即した状況で行なっている。
■かかり稽古
かかり稽古では元立ちが足を使って声を出して動くように意識させる。
次に一息でのかかり稽古をする。これはスピードをつけることが目的である。
さらに応用としてかかり稽古の最後に元立ちが小手を打っていき、それに対する応じ技で終わるという稽古をする。
■一息での稽古
かかり稽古のほかにも、一息で行なう稽古がいくつかある。一つは一息で行なう相がかりである。
同様にして、一息でお互いにかかるようにして一本勝負を行なっている。
■勝って打つ稽古
下井道場長は、少年のうちから「打って勝つ」のではなく、攻め合いをして「勝って打つ」ことを意識させている。
「私がいつも疑問に思うのは、この世界では大人の剣道と子どもの剣道を別なもののように考えることです。大人になってとくに昇段審査で六段、七段を受ける段階になると『我慢しろ』と言われ、無駄打ちを少なくするよう指導されます。ところが子どもの場合は『とにかく打て』と教えられますよね。そのへんが私は正直疑問で、子どもの頃から大人になっても通用する剣道をするべきだと思いますし、やはり刀を構えて相手に向かっていく以上、子どもであっても簡単に手を出すものではないと思います。だから我慢ということを小さい頃から覚えさせるようにして、『勝って打つ』ということをうるさく言います」
面打ち、小手打ちをはじめ、二段打ちなどさまざまな技の基本稽古をそのようにして行なう。
■応じ技
応じ技の稽古にも多くの時間を割いている。
通常の応じ技の練習に加え、一人の打ち手の前に他の者が並んで次々に面を打ってくるのに対して、連続で応じ技を出す練習を行なう。
試合の中でとっさに応じ技が出せるように、体に覚えさせるための練習である。
これには出小手のみの練習、抜き胴などどんな技を使ってもいい練習、あるいはかかってくる相手が面、小手、面、小手の順で別な部位を打ってくるのに応じる練習などのパターンがある。
あるいはかかる側が左右に並び、打ち手が振り返りながら次々に応じ技を打つ、というパターンもある。
さらに、相手が打ってくるのに応じた後、間をおかずもう一度打ってくるので再び応じるというパターンも。これも相手が面、面とくる場合、小手、面とくる場合などバリエーションがある。
■相面からの実戦に即した攻防
試合の中で実際に現れる場面をつねに想定していることが太秦少年剣道部の稽古の大きな特徴であるが、稽古が進むにつれますます実戦に近い想定になっていった。
これもその一つで、まず、相面になったところからすかさず体を入れ替えてひき面を放つ練習をする。
続いて、ひき面を打たなかった側が、ひいた者に対して面を打ってくるのでそれに応じて打つというパターンの練習を行なう。また、同じ要領で小手を打ってくるところに応じるというパターンもある。
続いては攻守を入れ替えて、面を打ってひいた側が、相手が追ってきたところに面を打つので、追っていった方が応じ技を打つ、というパターン。同様にして小手に対しての応じ技というパターンもある。
■ひき技
小中学生の試合内容を分析してみるとつばぜり合いの時間は非常に多くのウェイトを占めていることから、つばぜり合いからのひき技は重要視している。
つばぜり合いになったときには、両足を揃える、あるいは左足をやや前にするよう指導している。それは小学生はまだパワーがないため、踏み込みを強くして力強い打突をするための工夫である。
また、ひき面、ひき胴、ひき小手ともに、打ったあと体をどちらにさばくかを重要視している。まっすぐ後ろにさばくのではなく、面、小手、胴、それぞれ違う方向に体をさばくように指導している。
■伝統的なやり方そのままでなく、あえてチャレンジを
最近の子はみんな真面目で、男気がある子、「よし俺がやったる」というような子がいなくなった、と下井道場長は言う。
「いい子ばっかりになってきました。いい意味でやんちゃな子がいないし、丸くなりましたね。それに叱られることに慣れていない。そういう子たちをどう育てていくかが課題で、それを稽古内容でカバーしていきたいとも思っています」
ひき技の例にみられるように、伝統的な基本そのままでなく、それにプラスアルファの工夫を加え、あるいはアレンジした稽古が太秦少年剣道部の特徴ともいえる。「批判はあるかもしれませんが……」と下井道場長は話す。
「私はいつも不思議に思うのですが、剣道ほど北海道から沖縄まで同じ基本稽古をするスポーツは珍しいと思います。有名な先生のDVDなどを見てもごく普通の内容が多いです。全日本選手権で活躍したある先生とお酒を飲んだときに『自分は実はひっかけて打つ小手が好きで得意なのだが、雑誌などに出るときにそれは書けない』と話していました。でも僕らはそれを知りたいわけです。だから批判はあるのでしょうけれど、私は剣道のプロではありませんし、あえてちょっとぐらいはチャレンジしたいと思っています」
従来の方法と違ったやり方をすると批判を受けがちである。「勝って打つ」剣道にしても、選手に力がないと「待ち剣」であるというような批判を受けることがある。だが、それは待っているわけではなく、力がないから行けないだけであり、成長していく過程の中で起こることだ。
「いつも子どもに言うんですが、相手が包丁を持っていて、自分も包丁を持っている……最近の子は刀と言ってもわからないので……そこでヤーって打っていけるかって。そこは我慢して、極端に言ったら相手が動くのを待って何とかしようとするのではないか、それが勝負ではないか、と指導するんです。もちろん、できる者とできない者、代によってできる年とできない年があるんですが」
勝つことの面白さというものを子どもに教えてあげることも大事だと下井道場長は考えている。勝つためのテクニックを教えるということではなく、ルールに則った中で審判が旗を上げてくれる打突ができるように練習する。そうやって勝利を味わうことで親も一生懸命になる。それが子どもの将来につながっていく。
「うちの場合は親子で一生懸命やるというスタンスです。親に剣道してくださいということではなく、一生懸命応援してください、それが親の思い出になっていきます、ということです。私自身が息子も娘も自分のところでやらせていて、たまたま息子が全日本学生で入賞したり、娘がインターハイ優勝させてもらったりしたので、そういう感動を今の親御さんにも伝えたいと思っています。小中学校時代にしっかりやっておけば、高校でも成功する子も多いというのが今の流れになっています。今年もインターハイに卒業生が5、6人行きますし、去年が5人、前の年は7人行きました。それがまた親の思い出につながっていく。ありがたいことにうちの道場は『追っかけ』の親御さんが多いです。そうでないとまた勝てないのも事実ですしね。親をどうやってそういう気持ちに持っていくかというところが、これからの課題かなと思います」