【連載③】飯田良平監督のラストシーズンを追う

インタビュー

3月27~28日、全国高等学校選抜大会

愛知県春日井市で行なわれる全国高等学校選抜剣道大会。今回で27回目となるが、育英高校はその第1回大会の栄えある優勝チームとなっている。しかしそれから長い間、この全国選抜でも夏のインターハイでも2位、3位はあれど、優勝という結果は手にしたことがない。

3月18日に行なわれた近畿選抜大会を制して今年の大会に臨んだ育英。1回戦は沖縄の興南との対戦となった。この試合には先鋒大津遼馬、次鋒阿部壮己、中堅福岡錬、副将榊原彬人、大将松澤尚輝というオーダーで臨んだ。福岡と榊原の位置が入れ替わっているほかは近畿選抜大会と同じオーダーである。

■初戦~2回戦

この初戦は大津が一本勝ち、続く阿部がメン二本を1分29秒で奪う快勝を収めると、福岡もコテの一本勝ちで続き、問題なく勝利を手にした。榊原は引き分け、松澤は勝って4―0とする。


1回戦、中堅戦で福岡錬が小手を決める。先鋒からの3連勝でまずは順調にスタートを切った

2回戦は龍谷(佐賀)との対戦となった。飯田監督もどちらか分からないと話していた通り、龍谷と三重(三重)との1回戦は1勝1敗で代表戦となり、安藤千真の勝利で龍谷が勝ち進んできた。

この試合では大将松澤以外がポジションを変え、阿部、大津、榊原、福岡の順となった。先鋒に入った阿部が1回戦に引き続き勝利をあげる。だが、大津の引き分けをはさみ、榊原が日野拓人にメンを先行される。そのまま終わると育英にとっては嫌な流れとなるところだったが、榊原はなんとかメンを返し、引き分けとした。福岡が引き分け、松澤が試合時間半ばでコテを先取した時点でほぼ勝利は見えた。そのまま一本勝ちで2(3)-0(1)で勝利を収める。


龍谷との2回戦、1―0で迎えた大将戦で松澤が小手を先制

■3回戦

飯田監督がヤマと考えていたのが続く3回戦との明豊(大分)との試合だった。

「岩本貴光監督とは、日田高校の時から数えて選抜で当たるのはこれで5回目ですかね。日田高校のときに何度も練習試合をしてとことん負けて、一度も勝たないまま選抜大会で当たって勝った、ということが4回ほど続いたんです。今のチームも練習試合では負けてばかりです。だから生徒には、『オレは岩本監督には負けたことがない。だから向こうの方が意識するだろう』と言っていたんです」(飯田監督)

しかし試合が始まってみると、先鋒に戻った大津がいきなり1年生の堤光誠に面を奪われた。

「ああ、これどうかなと思ったら、大津もあせって打っただけでしょうけど、堤君が若かったから、逃げた。その分大津の面が一本になって、先鋒戦が引き分けたから勝負になるなと思った」

しかし再び明豊に先手を取られる。阿部が板井俊将に面を奪われた。

「その前に阿部が惜しい技を打って、上がらないなと思った瞬間に気が抜けた。そこをすかさず板井君に面に乗られました」

しかしここも次の中堅戦ですぐに追いつく。

「榊原はもうずっと調子が良くなかたのですが、『お前、ここで取らなければ逃げ切られるぞ』と言って取りに行かせました」

決まり技となったひき面は狙い通りだったという。だが追いついたのもつかの間、副将戦では無理しないで引き分けるだろうと思っていた福岡がともにひき面の打ち合いとなり、一本を献上する。

「安易にひき面が安全だと思っているんですかね。出ていく前に呼んで、あせらなくていいからと言ったんですけれど。武蔵(治斗)君には正月にも菊池でひき面を取られてやられている。注意したところをやられた」

正月、熊本県菊池市で九州学院高校主催の練成会があり、今年も1月4日、5日に育英は参加した。そこで明豊と対戦したときの話である。


明豊との3回戦、中堅榊原は狙っていたひき面を決めた

三たびリードを許したこの時点で、飯田監督は敗戦も覚悟した。ところが松澤は面を決めて代表戦に持ち込む。この松澤の戦いぶりには成長を感じたと言う。

「これはもう中尾(泰真)君に逃げ切られるなと。リーチの長さや守りの堅さを考えると松澤ではなかなか届かないかなと思った。そしたら予想以上に中尾君が守ったから、松澤は入っていけたんですね。松澤も時間がなくてあせっていたのですが、ずっと攻撃しているから中尾君の気持ちがだんだん揺れ始めたというか、そんなに溜めた技でもなかったのですが、それに対して相手が上も下も守れなくなった状態で、面に乗れた。その瞬間にあの子はすごいなと思いました。それまではあせって自滅していたんですけど、行くときは行く、辛抱するときはするという形ができていたから。びっくりしたですね。あれは」

代表戦には当然松澤を送り出した。対する明豊は副将の武蔵を起用。実は前述の正月の練成会では、やはり代表戦になって両者の対戦になり、松澤がひき面を奪われ敗れている。

「松澤も武蔵君も茨城出身で小さい頃から知っているんです。でも正月に叩かれたから、松澤は同じ負けはしないだろうと思っていました。最初から気持ちが勝っていました」

試合開始から59秒で松澤が跳び込みメンを決めた。


明豊との3回戦、代表戦に松澤が臨む

■「甘いですね、私は」

続く準々決勝は奈良大附属(奈良)との対戦となった。

話は少し遡るが、この新チームがスタートした昨年(平成29年)の10月~11月頃、チーム状態が落ち込んだ時期があったという。昨年は、大将の横藤竜平1人が3年生で4人が3年生というチームで、玉竜旗3位、インターハイベスト8という戦績を残している。その4人が残ったチームながら、新チームになってからは成績が振るわなかった。

「黒潮旗では2回戦で東海大浦安に負けて、そのへんからガタガタになった。その後に愛知で練習試合があって奈良大附属とも練習試合をしたんですが、もうことごとく負けるんです。結局また1からスタート、というのは毎年思うことなので、私はすぐそう考え直したんですけど、この子らにしたらどうだったか……。結局今だにずっと良くないですけど」

その奈良大附属とは10日前の近畿選抜大会準決勝で対戦、全試合を引き分け、代表戦で下していた。この再戦も同じような展開となった。先鋒から副将まで、結局引き分けに終わり、大将戦となる。松澤と対するのは代表戦で敗れた根本勝也である。

「松澤としては自信満々で根本君を引っぱり出して小手を打ったつもりだったのでしょうが、そこに面でなく突きに来られた。私のほうは、去年の玉竜旗もインターハイのときもそうだったけど、明豊の試合が大逆転になっちゃったので、勝った瞬間に、これでいけるわと、もう先のことを考えてしまった。勝ち方がよかったらもう自分の気持ちが……。甘いですね、私は」

勝負に「たられば」はないと言われるが、もし奈良大附属に勝っていれば準決勝で島原(長崎)、それに勝てば決勝で九州学院(熊本)が待っていた。

松澤は敗れた試合をこう振り返っている。

「同じ近畿の相手なので絶対に負けられないという気持ちで臨んだんですけれども、結果自分が打たれて負けてしまって。近畿選抜で勝っていたので、少しチームにも気の緩みがあったのかなと感じました。明豊にまだ勝ったことがなく、まず明豊という気持ちで臨んで勝てたので、たぶんホッとした気持ちがあったと思います」

強い相手に勝って波に乗るか、逆にそこに心の隙が生まれるか。ほんのわずかな違いなのだろうが、勝負をする者の心理の難しさを感じる。

選抜大会が終わり、「車の中でブツブツ言いながら帰ってきて」(飯田監督)、次の日には魁星旗大会に出場するため飛行機で秋田に飛んだ。

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