【連載②】編集長の心打たれた10番| 第114回全日本剣道演武大会

第114回全日本剣道演武大会 立合披露
明治32年竣工の武徳殿で年に一度の立合を披露
試合リポート

教士の部

教士の部では一本の判定が下される。

最近、ではなくざっと記憶をたどっても20年ぐらい前から、時間内に一本も決まらず引き分けという立合が多くを占めるようになってきている。

通常の試合が5分であり、全日本八段戦などは10分。それに比べると5分の1しかない時間の中で一本が決まりにくいのは、今の感覚からすれば当然と言えば当然である。

しかし筆者の記憶の中では、かつてはもっと多くの技が決まっていた。それが少なくなったのはやはり剣道が変質したということであろうと思う。

若い世代において数多く行なわれる試合の中で、防御したり相手の技を殺す技術が高まり、八段以上の年齢になってもその技術が生きているということだと。

それは技術の進歩と考えることもできるのだが。

この演武大会に臨むとき、他の試合に出場する場合とは剣士たちの心構えが異なるはずだ。

勝つ、あるいは負けないということより、自らの信じる剣道を発揮しよう、1年の修行の成果を見せよう、あるいはいい剣道をしよう、という意識があるだろう。

試合ではなく「立合」あるいは「演武」である。そういう意識が強いほど、この大会でのパフォーマンスが輝くし、逆に一本が生まれる可能性も高まるのではないかと思う。

教士の部は剣士の有名無名にとらわれず、そんな意識が感じられ一本が生まれた立合、あるいは古きよき剣道を感じさせた立合を選んだ。

■ロベルト・キシカワ(香港)×髙橋海有(東京)

ロベルト・キシカワ(香港)×髙橋海有(東京)

最終日最初の立合。 立ち上がりから気でまさったと見えたのが高橋教士だった。中心を取ってメンに跳ぶ。これは不発だったが、さらに剣先の争いからメンに出ると惜しいところを叩く。 さらに高橋教士がメンに行こうとしたがこれは打ち切れず。するとキシカワ教士がようやくエンジンが始動したようにメンに出ていった。 打ち切ったメンは決まらなかったが、ここからキシカワ教士が攻勢に転ずる。一度コテを見せたあと、終了間際、キシカワ教士がメンに出ると、髙橋教士は横にさばいてかわそうとするも、一本と判定された。 教士八段の部の幕開けは、両者ともにメン技を打ち切る姿勢が清々しかった。

■井口清(埼玉)×門田睦志(愛媛)

井口清(埼玉)×門田睦志(愛媛)

一昨年の秋に昇段した井口教士、昨年春に昇段した門田教士。若手40代同士の立合である。序盤、井口がコテからメンに伸びると、門田教士がそれをすり上げて見事にメンを決める。いきなり決まり技が生まれた。門田教士がさらに攻め自分からコテメンと打っていくが、これは不発。刻一刻と時間が残り少なくなる中、井口教士も反撃に転じる。剣先の争いから、機を見つけ技を繰り出す。その刹那、門田教士は再びすり上げてメンを決めた。よく相手が見えていた門田教士の見事な応じ技だった。

■山田雅士(福岡)×本名和彦(茨城)

山田雅士(福岡)×本名和彦(茨城)

静かな剣先の争いから、本名教士が出るかと思われたそのとき、まさに「打とう」の「う」を山田教士がコテにとらえ先制する。 しかし、二本目となって間もなく、今度は本名教士が豪快にメンに跳び込み一本とする。 その後も本名教士がメンを狙うなどの攻防はあったが、互いに無駄打ちも少なく、一本一本の技が目に焼き付くような、見ごたえのある立合だった。

■榊悌宏(千葉)×山田久夫(愛知)

榊悌宏(千葉)×山田久夫(愛知)

初太刀、榊教士がメンに出ると山田教士がきれいな体さばきでドウに返す。これが一本となった。 二合目となり、山田教士がさらにメンに行く。そして榊教士が反撃を試みて機とみて出ていく、その刹那に山田教士が出ゴテを放った。 山田教士のすべての技にキレがあった。

■小島啓三(岩手)×佐藤正二(神奈川)

小島啓三(岩手)×佐藤正二(神奈川)

一本が生まれなかった立合だが、年齢の高い剣士が多い教士八段の後半で強く印象に残った。 立ち姿がどこか昔の剣士を思わせる佐藤教士が、初太刀でメンに跳び込む。 今度は小島教士が技をしかけていくと、佐藤教士がその手元を狙って打つ。 佐藤教士はそのあとも大きなメンを見せると、最後は小島教士のメンを切り落とすようにメンを打つ。 伝統的な剣道を受け継いで体現しているような佐藤教士の技が、終始光った立合だった。

範士の部

範士の審査規則が変わってから10数年が経つ。

それまでは八段になって一定の年数が経過すると多くの剣士が範士称号を得たが、変更後は一部の選りすぐられた剣士しか範士になれなくなり、この大会でも範士の取組の数は減ってきた。

その時の規則改正で九段、十段は廃止されたが、現在は範士の演武が以前の九段の演武に近い意味を持ちつつあるように見える。

人々が自分も年齢を重ねてああなりたいと思うような剣士、年齢とともに磨かれたもののっ妙味を感じさせてくれた立合を選んだ。

■矢作惠一郎(山形)×角薫(福岡・薙刀)

矢作惠一郎(山形)×角薫(福岡・薙刀)

範士の部唯一の異種試合。角範士が早い機会にコテからスネの連続技を繰り出す。さらに上段から矢作範士が出るところにメン、次はメンからスネ。これは部位をとらえたか。 剣道よりも早いテンポで繰り出される技に、矢作範士は立ち上がり守勢に回る。さらに角範士が下がりながらスネを打つ。 中盤から矢作範士も反撃に転じる。角範士が持ち替えてドウを狙ってくるとそれに応じてメン。さらに応じてメンを放ち惜しいところを叩く。 角範士はさらに上段からスネ。剣道をする者が慣れていない弱点を徹底して狙った。矢作範士は終盤にも応じてのメンを狙っていくが、試合の主導権を握ったのは角範士だったように映った。異種試合の魅力を堪能させてくれる一番だった。

■塚本博之(東京)×末平佑二(石川)

塚本博之(東京)×末平佑二(石川)

初太刀はメンから入る剣士が多い中、塚本教士はコテを繰り出した。次の機会には末平教士がメンに乗ろうとする。一合あった後、今度は塚本教士がメンに行くと末平教士はこれをドウにさばく。一合ごとに違った展開の攻防となり、目が離せない。最後は塚本教士が再びコテを狙っていった。塚本教士の最初と最後のコテがとくに印象に残った。

■遠藤正明(東京)×石塚美文(大阪)

遠藤正明(東京)×石塚美文(大阪)

かつて警視庁と大阪府警でしのぎを削った同士。初太刀は意地をぶつけ合うように両者がメンに跳ぶ。 数合あったあと、遠藤教士がメンに出ると石塚教士が出ゴテを狙う。続いて遠藤教士がコテに行くと、はずれたところに石塚教士がメンに跳び、遠藤教士を脅かす。 今度は逆に石塚教士がメンにいくと、遠藤教士が出ゴテを狙う。 そして終了の笛と同時に石塚教士が大きくメンに出る。このメンに場内が沸いた。石塚教士の姿勢の崩れない美しいメンが印象的だった。

■岩立三郎(千葉)×矢野博志(東京)

岩立三郎(千葉)×矢野博志(東京)

ともに小刻みに剣先を上下させて機会を探る。岩立範士がわずかずつ間を詰め、竹刀を押さえられながらも入ってメンをうかがった。すると、次の合は剣先の争いから矢野範士が岩立範士の竹刀を巻くようにしてメンに伸びる。この技に場内が沸いた。 しかし岩立範士も動じることなく攻めを継続し、大きくメン、さらにもう一本メンを打った。とらえきれてはいなかったかもしれないが、きれいに打ち切っている。 すると矢野範士がコテからメン、再び巻くようにメンと反撃に転じる。岩立範士もさらにメンを繰り出す。 矢野範士の初太刀が印象に残ったが、岩立範士も終始技を打ち切っていた。立合が終わると拍手が沸き上がった。

■高﨑慶男(茨城)×野正豊稔(東京)

高﨑慶男(茨城)×野正豊稔(東京)

大会の掉尾を飾ったのは95歳の高﨑範士と91歳の野正範士による立合だった。初太刀、高﨑範士が大きく前に踏み込んでメンに出ると、年齢を感じさせない打突動作に大きな拍手が起こった。 その後も高﨑範士が何度かメンに飛ぶと観客から感嘆のため息がもれる。野正範士は崩れず剣先を相手の中心につけている。野正範士が自ら攻める機会はほぼなかったが、90歳を超えた高齢者でも充分にできる剣道の価値を感じさせる立合は、この大会の締めくくりにふさわしいものだった。

【連載①】編集長の心打たれた10番| 第114回全日本剣道演武大会

2018.05.05