6月2日 兵庫県高等学校剣道大会
6月2日土曜日、第66回兵庫県高等学校剣道大会(インターハイ、近畿高校大会予選)男子団体戦が行なわれるウインク武道館(兵庫県立武道館)には、多くの観客が詰め掛けていた。
数年前まで全日本女子選手権大会の舞台となっていたこの会場だが、四方に観客席のある第一道場よりも床面積が広い第二道場を有する、という豪華なつくりであることは初めて知った。
試合場6面を設け、長い一辺に沿った観客席では立ち見の人も多く出るほどだった第二道場で、本大会は行なわれた。
開会式前、第一道場でアップを始めた育英高校のメンバーを見守る飯田監督が最初に口にしたのは、前日に行なわれた女子団体戦のことだった。
春の全国高校選抜大会でベスト8に入り、須磨学園高校と優勝を争うと思われた甲子園学院高校が、4回戦(準々決勝の一つ手前)で神港学園高校に敗退したのである。
「全国ベスト8のチームが負けた。先鋒次鋒が取れるはずのところを取れずに、逆に中堅大将で同点なのに跳んで行って負けたりした。力の差はすごくあったと思うんだけどね。それがこの県総体なんだと改めて思いました。それをうちの選手も見ていたから、逆に良かったかもしれないけど」
この連載を始めるにあたって最初に育英高校を訪ねた2月の時点から、県大会は何が起こるかわからないと飯田良平監督は言っていた。その不安をつのらせるような前日の結果だった。
育英高校は当日、プログラムにある登録メンバーから一人を入れ替えた。補欠の猪俣毅(2年生)に代わって鎌浦光作(3年生)を入れたのである。
「猪俣があまり良くなかったのが理由ですが、鎌浦は試合には出ないかもしれないけど、意識の問題でね。一生懸命やっとるから」
鎌浦は一般入学で入った3年生である。この大会翌日に個人戦が行なわれたが、そこには育英高校から鎌浦を含む7名が出場した。
松澤尚輝、福岡錬、榊原彬人の3人は県の新人戦でベスト4に入っているので予選を経ずに出場権を得ていた。残る4名は神戸市大会で勝ち残って出場権を得ているが、その前に市大会への出場者を決めるために7人総当たりの部内戦を行なった。
1位は久住俊介、2位が野中誉海で、団体戦で次鋒を務めた阿部壮己が3位、鎌浦が4位。団体戦で先鋒を務めた大津遼馬は5位で市の個人戦には出場できなかった。それだけレギュラーとそれ以外の力が接近していることの証明でもある。7人は全員3年生。
とはいえ、この日試合に出たのは先鋒から大津、阿部、榊原、福岡、松澤という春の全国選抜大会からの不動のメンバーだった。
■初戦でいきなり一本を失う
初戦となった2回戦は三田祥雲館高校との対戦で、会場に大きなどよめきが起こった。立ち上がり早々、大津が三田祥雲館の葛西佑哉に出小手を先取されたのである。
「ミスしなかったら何とかなるということをずっと言ってきて、いきなり一本打たれたから『うわぁ、やっぱりこれ怖いな』と……」
と試合後飯田監督が振り返った場面であるが、大津が小手を二本取り返して逆転勝ちを収めると、他の選手にも動揺は見られず。
次鋒阿部が面とひき胴で二本勝ち、中堅榊原も面二本を奪ってチームの勝利を決め、副将福岡、大将松澤も二本勝ちで続く。5―0とまずは順調なスタートを切った。
3回戦以降も、育英は日本一を争うレベルの高さを見せて勝ち進んだ。3回戦は甲陽高校に5-0、4回戦も東播磨高校に前3人が勝利。
ただし勝負が決まったあと福岡が面を奪われて敗れ、松澤は引き分けで3-1というスコアだった。
続く試合が準々決勝だった。市川高校に対し、大津が二本勝ち、阿部は延長に入ると同時に胴を決めて勝利、榊原は出小手の一本勝ちでこの試合も3人で勝負を決めた。
福岡、松澤ともにここは二本勝ちを収める。
■唯一副将に勝負が回った準決勝
準決勝は関西学院高校との対戦となった。
関西学院はこの前の準々決勝で明石高校と接戦を演じ、代表戦に勝ってベスト8に進んできた。
育英は先鋒大津が初太刀でいきなり面返し面を決め幸先良いスタートを切ったが、面返し胴を奪われ追いつかれる。しかし大津はすぐにもう一本を決めて勝利を収めた。初戦に続き、ここも大津が自らの失点を自分で取り返し勝利でつなぐ。
次鋒戦、阿部は時間内から惜しい技を何本か見せたが旗は上がらず延長となる。しかし延長となって初太刀で面返し胴を決めた。
中堅戦、榊原がひき面を先制。しかしほどなく村上健太に真っ向からの面を決められ追いつかれた。
榊原は何度か逆ドウを見せるなど、自分が試合を決めるという姿勢を延長まで見せたが、そのまま引き分けに終わる。
「先鋒、次鋒が勝って中堅で終わりなのに、榊原が村上が跳んでくるのわかっていて、いきなり打たれた。そういうのがやっぱり……」
と飯田監督が反省点としてあげた場面である。
はじめて副将まで決着が持ち込まれた。福岡は前半にひき面を先制。
対する江見太一も惜しい面を放つなど福岡を脅かす場面もあったが、江見が小手に来たところを福岡が面、面と打って二本目を奪い、試合を決めた。松澤は引き分けて3-0で勝利を収める。
もう一方の準決勝は東洋大姫路高校と神戸弘陵高校の対戦となり、副将戦で神戸弘陵がリードするも大将戦で東洋大姫路の山本海斗がひきメンを決めて追いつき、代表戦となる。
神戸弘陵が大将の小林佑弥、東洋大姫路は中堅の西山純矢を代表戦に送り出す。西山の面が決まり、東洋大姫路が決勝に進んだ。
3月の近畿選抜大会のときもそうだったが、東洋大姫路との対戦では育英の選手たちに自信が感じられた。
大津は時間内に惜しい出ゴテを放つなど相手がよく見えている印象で、延長に入って出小手を決めた。阿部は相手の小手面に合わせて面を見せた後、ひき面を一本にし、その後も攻めて問題なく一本勝ちを収める。
前の試合で引き分けた榊原も、ここは吹っ切れたような動きを見せた。西山の出ばなに面を先制すると、しばらくあって相手がコーナーにつまったところに目の覚めるような面を見舞う。
最後は榊原の見事な面でインターハイ出場を決めた。この後、福岡が敗れて松澤が勝ちスコアは4―1。
結局、準決勝が副将戦での決着となった以外は前3人で勝利を決めるという結果。
飯田監督が事前に心配したようなことは起こらず、少なくとも見る者にとっては、やはり全国で上位を争う育英の強さは他校より頭一つ抜け出ていると、改めて感じさせられた1日となった。
■「大将まで回さない」がテーマだった
しかし、飯田監督は試合が終わってこんな心情を吐露した。
「(決勝には)東洋大姫路さんが来ましたが、東洋さんももちろん怖かったし、神戸弘陵さんが来ても上段がいたり監督が私の教え子で遮二無二向かってくるので本当に怖かった。いくら練習試合で九州学院や島原に勝ったとしても、県予選は怖いんです。みんなにそんなことないやろうって言われても、そこは小心者だから……。私はプレッシャーが強すぎて、昨日も寝られませんでした。結果的に勝ったから笑って言えるけれど」
育英のこの日のテーマは、大将まで勝負を回さないことだったという。
「松澤は確かにいいんですけど、それでも大将戦になったら、竹刀落としたりとか滑って転んだりとか、何があるか分からないから『絶対に副将までに勝負をつける。できたら前3人で勝負をつけよう』ということをずっと言っていて、それが何とかできたかな。ただ松澤には『お前に必ず回ってくるだろうから、いつ来てもいいようにしなさい』と、前の4人と松澤にはまったく違うことを言っていました」
準決勝を除いて、勝負を自分のところで決着させた中堅の榊原は、こう振り返った。
「兵庫県大会は絶対大将戦にしないというのが、育英のルール、勝負の仕方だったので、それができたのはよかったです。でもまだまだ取れるところでしっかり取れない場面もあったので、完ぺきとは言えなかったと思います。(自らは)朝の稽古のときからしっかり体も動いていて、相手に対してしっかり勝負できていたかなと思います」
魁星旗大会では上位の試合で交代させられ、悔しい思いをしたはずの榊原だが、それから2カ月、どういう気持ちで取り組んできたのだろうか。
「僕は中堅としていつもチームの足を引っ張ってばかりだと自分で思っているので、助けてもらっている分を、インターハイ予選とインターハイで、今までの分の恩返しというか、逆にみんなを助けるぞという気持ちで稽古してきました」
翌日に行なわれた個人戦では、松澤と福岡が決勝に進出し、インターハイ個人戦出場権を獲得。久住が松澤に敗れて3位となったが、もう一人の3位は東洋大姫路の西山で、育英の残る4名はベスト8に進めなかった。ベスト8は神戸弘陵、滝川第二が2名ずつ。
鎌浦は滝川第二の櫻井大晟に敗れ、阿部は2回戦で関学の磯橋拓杜に敗退、榊原は神戸弘陵の小林祐弥に、野中誉海は西山に敗れた。個々の力では育英の選手に勝てる選手も少なくないということは、飯田監督の事前の心配は決して杞憂ではなく、何か一つのきっかけで起こる可能性は充分にあったのかもしれない。
■「本当にムキになってやります」
当面の目標であったインターハイ予選を、結果から言えば順当に勝ち抜いた。改めて気づいたが、インターハイ本大会までは2カ月ある。全国選抜大会、魁星旗からこの日までの2カ月と同じだけの時間が残されているのだ。
6月は国体の強化なども始まり、期末試験などもあってなかなか遠征に行く機会がない。
7月中旬には近畿高校剣道大会があるが、そこでは頑張ってきたがインターハイには出られないであろう選手を中心にチームを編成するという予定だという。
7月26日からは玉竜旗が始まる。そう考えると時間は足りないのだろうが、いずれにしても、当然ながら全国大会で成果をあげるためにはここからの2カ月が大切になる。
「そうですね。ここで大きく変わると思うんです。いつもは変われないけど、変わらせないといけない。本当にムキになって、やります」
と飯田監督が決意を語る。榊原の決意も、力強く、現実味を持って記者の胸に響いた。
「全国の舞台になると大将勝負になると思いますが、大将に頼るんじゃなくて、前4人がもっと力をつけ、チームワークを高めていって(部員)22人全員でインターハイ優勝したいと思います」